保育園は子供の発達にどんな影響?厚労省データによる検証

f:id:mendota:20170513120718j:plain 待機児童問題は、長年に渡る重大な社会問題のひとつである。批判はあろうが、待機児童問題の解消は安倍政権も重要視しており、最終的には女性就業率と出生率の向上に結びつけたいようだ。

 北米・欧州諸国においても保育所の充実は重要な政策課題であるが、日本とはやや異なり、母親の就業よりも子供の発達に与える影響に論点の重きが置かれている。つまり保育所を幼児教育施設と見なし、そこで過ごすことが子供たちにどのような影響を与えているのかが重視されているのだ。

良質な幼児教育プログラムは有望な「投資先」

 親からすれば子供の発達を気にかけるのは当然のことであるが、実は、ここには経済的な損得勘定も絡んでいる。シカゴ大学のヘックマン教授らの一連の研究によると、社会経済的に恵まれていない家庭の子供が良質な幼児教育プログラムに参加した結果、成人後の犯罪への関与と薬物使用が減少する一方、就業率と収入の増加、健康状態の改善に繋がった。ヘックマン教授の計算によると、この幼児教育プログラムの投資収益率は年率13%にもなる。*1

  このように、保育所が子供に与える影響は親にとってのみならず、社会全体にとっても大きな関心事となりうる。保育所で過ごすことは子供たちの発達に良いのだろうか、それとも悪いのだろうか。ヘックマン教授らの研究はアメリカの事例であり、社会構造の違いを考えると、同様の結果が日本に当てはまるかどうかは直ちに明らかではない。

保育所利用が子供に与える影響をデータで検証

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 私達の研究グループは厚生労働省・21世紀出生児縦断調査から得られたデータを分析し、保育所入所が2-3歳のこどもの発達・行動面に与える影響を評価した。このブログ記事では主要結果の概要をできるだけ簡単に伝えたい。

 データや統計的手法の詳細が気になる読者は、以下のリンク先にある元論文を読んで欲しい。一言だけ述べておくと、単純に保育所に通っている子供と通っていない子供を比較して論じているのではなく、相関関係と因果関係の区別に注意を払った因果推論の手法に基づいている。*2

papers.ssrn.com

恵まれない家庭の子供に大きな効果

 もっとも重要な発見は、社会経済的に恵まれていない家庭の子供の攻撃性・多動性が大きく減少していることだ。*3 この子供たちは、保育所に通わなかった場合、他の家庭の子供たちに比べて高い攻撃性・多動性を示しがちであるが、保育所に通った場合にはそうした傾向を見せない。つまり、保育所に通うことが、恵まれていない家庭の子供たちの行動面を改善させているのだ。

 保育所に通わない場合は、家庭環境の差が子供の問題行動の差にそのまま表れやすいが、保育所ではどの子供も同じように育てられるので、そうした差が生じにくくなるというのが理由のひとつだ。

母親のしつけの仕方、幸福度も改善

 保育所に通うことで変わるのは子供だけではない。社会経済的に恵まれていない家庭の母親のしつけの仕方、幸福度も大きく改善している。具体的に言うと、こどもを叩いたり、暗いところに閉じ込めてしつけようとすることが減る一方、なぜダメなのか言葉で説明することが増えている。同時に、母親が子育てから感じるストレスが減り、子育てから喜びを感じられるようになっていることがデータから示されている。

 母親のしつけの仕方が改善した理由の一つには、保育所を通じて、しつけの仕方を学んでいることがあるようだ。*4 これはしつけの仕方がわからないと答えた母親の割合が減っていることに表れている。より良い子育ての仕方を親に教えるようなプログラムは、子供の問題行動を減らす上で有効となりうることを、この分析結果は示唆している。

平均的な家庭の子供には悪影響なし

 平均的、あるいはそれ以上に恵まれている家庭の子供たちにとっては、保育所に通う場合と通わない場合で行動面に大きな違いは見られない。もちろん個人差や特殊なケースはあるかもしれないが、全体的には、保育所の利用が子供の発達に有害であるという証拠は見つけられなかった。

貧しい家庭への支援は社会全体にも有益

 この研究は、保育所の利用は社会経済的に恵まれていない家庭の子供と母親の厚生を大きく改善することを示唆している。それ以外の子供たちの発達には良くも悪くも大きな影響を与えないようだ。

 現在の制度下では、保育所利用料金は世帯収入に応じて低減措置が取られているものの、ひとり親家庭生活保護世帯を除くと、世帯収入は利用調整の点数に影響しない。従って、恵まれない家庭といえども、必ずしも保育所利用が優先されているわけではないのだ。

 現段階での研究では保育所利用の長期的な効果は未知数であり、ヘックマン教授のように投資収益率が何%であるか数字を挙げることはできないものの、子供の発達への好影響を踏まえると、恵まれない家庭に対する優遇措置の拡大を検討すべきであるようにみえる。

有望だが、さらなる検証が不可欠

 私達の研究は、現代の経済学で要求される分析の質を満たすべく最善の注意を払ったが、他のあらゆる研究と同様に不完全な点を残している。したがって今後、様々な研究者が様々な方法で同様の問題を検証することで、結果の信頼性が確認される必要がある。

*1:Carolina Abecedarian ProjectとCarolina Approach to Responsive Educationの場合。Garcia, Heckman, Leaf, and Prados (2016)を参照。

*2:差の差法と操作変数法を組み合わせている。両手法の初学者向けの説明は中室・津川 (2017) がよい。これ以上は論文を読んで欲しい。

*3:この論文では、母親の学歴が高卒未満である家庭を社会経済的に恵まれていない家庭としている。

*4:この他には、子供が行儀良く振る舞うことを保育園で覚えてきたため、しつけが楽になり体罰を行わなくなったということもあるだろう。