幼児教育の経済的利益とは何か?

 きのう日経新聞経済教室」に寄稿したが、字数の制約などのために書ききれなかった内容が多少あるので補足しておきたい。以下の内容は記事と一部重複する。

幼児教育の主な利益は将来の労働所得増加と犯罪の減少

 認可保育所に多くみられるような良質な保育施設は、幼児教育施設としての側面も併せ持つ。近年の経済学の研究では、幼児教育施設は社会にとって有望な「投資先」とみなせることが示されている。シカゴ大学のヘックマン教授らの一連の研究によると、社会経済的に恵まれていない子供達が良質な幼児教育プログラムに参加した結果、成人後の労働所得が増加する一方、犯罪への関与など社会的に望ましくないとされる行動は減少している。

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 図は幼児教育が生み出す様々な経済的利益を試算したものだ。ヘックマン教授によると、ペリー幼児教育プログラムはその費用1ドルあたり6.2ドルの経済的利益を生み出した。これは内部収益率で評価すると年率8%にも上り、株式投資から得られる平均的な収益率を大きく上回る。

 主要な経済的利益のひとつは労働所得の増加だ。幼児教育が子供の能力を引き出し、学校卒業後に高給かつ安定した仕事に就けるようにする。加えて、この労働所得の増加に伴い社会福祉に対する依存が弱まるため、関連する政府支出も抑えられる。もう一つの重要な経済的利益は犯罪の減少によるものだ。犯罪被害者がこうむる経済的損失が避けられるのみならず、警察、司法、収監に関わる費用が抑えられる。

 ここまでの話の元になっているのは以下の論文である。

Heckman et al (2010), "The rate of return to the HighScope Perry Preschool Program", Journal of Public Economics, vol. 94, pp. 114-128.

健康面も改善

 ペリープログラムではなくノースカロライナのABC/CAREというプログラムを評価した別論文になるが、ヘックマンらは健康に対する影響も評価している。幼児教育の結果、喫煙、薬物の乱用が減るほか、成人後の健康面の改善もみられ、幼児教育が健康で質の高い生活を送ることに寄与しているそうだ。ただし、健康面が改善して長生きするため、医療費は多少増える。

 この研究については学術論文以外にも色々と資料が提供されており、以下のページからアクセスできる。

heckmanequation.org

数字の解釈には注意が必要

 これら経済的利益に関する数字はもちろん様々な前提条件をおいて試算されたものであるから注意が必要だ。犯罪の減少や健康面の改善をどのように金銭価値に換算するかは簡単ではないし、何をどこまで含むかによっても数字は大きく変わりうる。正しく理解するには論文を読むしかないが、控えめに言ってもこれらのプログラムについては「元は取れた」としていいように思える。

「英才教育の効果」ではないことに注意

 

 ヘックマンらの一連の研究はいろいろなところで取り上げられているが、彼らの研究結果は幼児期の英才教育を奨励するようなものではないことに注意してほしい。彼らの研究が対象としている幼児教育プログラムは貧しい家庭を対象としたものであり、そうした家庭で育つ子供達にとって幼児教育が大いに有益だとしているにすぎない。上のグラフで示したとおり、その主な利益の源泉は犯罪の減少であり、ハーバードのようなエリート大学を卒業することではない。

 日本の保育園の効果を検証した私達の研究にしても同様であり、社会経済的に恵まれない家庭の子供について、保育所に通うことが彼らの行動面を改善することを発見している。幼児期の英才教育には効果があるかもしれないが、それは分析の対象外だ。

 次回の更新では、こうした経済的利益を踏まえると、幼児教育の費用はどのように負担されるべきかという点について私見を述べる。