少人数クラスで学力は上がるか

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  少人数学級の是非は、教育政策上の最も大きな論点の一つだ。2015年には、財務省文部科学省の間で、少人数学級の是非を巡って激しい論争が繰り広げられた。

 財務省の主張は、少人数学級の効果は見られないので、35人学級を廃止し40人学級に戻すべきというものだ。これにより、必要な教職員数が約4,000人減り、人件費の国負担分を年間約86億円削減できるという。

 一方、文部科学省は、教員の多忙感や、きめ細かい指導といった観点から35人学級の維持を求めた。

 結局、財務省の提案は世論の支持を得られず、35人学級が続けられることとなった。ひとクラスあたりの児童数・生徒数は少ないほうがいいというのは、多くの人の直感にあっている。私自身、選べるならば、子供は少人数学級で学ばせたいと思う。

 しかし、実際のところ、少人数学級には子供にとってどのような効果があるのだろうか。

大規模データで少人数学級の効果を検証

 筆者は、慶應義塾大学総合政策学部の伊藤寛武助教、中室牧子准教授*1とともに、少人数学級の効果を検証した。この研究には、関東地方のある自治体がデータと研究資金を提供してくださった。データは県内の公立学校に通う、小4から中3までのすべての児童・生徒を対象としており、のべ300,000人ほどが調査対象となった規模の大きな調査である。

 この研究は、経済学の学術誌のひとつ、Japan and World Economyに出版された。論文に対してコメントや質問、そして批判があれば、ぜひ著者らに伝えてほしい。

www.sciencedirect.com

学力への効果は限定的、非認知能力には影響なし

 私達の分析では、国語と算数の学力試験の結果と、心理的特性についてのいくつかの指標を利用している。ここで分析している心理的特性は、勤勉さ、自制心、自己肯定感であり、これらは学力向上に有益であると考えられている。なかでも勤勉さは、大人になってからの所得などとも関連があることが知られている。

 これら心理的特性は、学力によって測られる認知能力と区別して、しばしば非認知能力と呼ばれ、近年の労働経済学で注目されている能力だ。

 データ分析の結果、少人数学級が学力に与える影響は小さいことがわかった。もう少し具体的に言うと、クラス内の児童数を10人減らすと、学力は偏差値換算で0.5上がるようだ。一方、上で挙げたような非認知能力に対しては、少人数学級はほぼ影響しないことがわかった。

 われわれの推計値は、日本のデータを使った他の研究と大差無い。もちろん、大きめに出ているものも、小さめに出ているものもあるが、驚くような差ではない。また、我々のデータについては、分析手法を変えても推計値はあまり動かなかった。研究ごとに推計値が多少ばらつくのは、分析手法の違いというよりは、分析対象(地域・学年・教科)が違うためではないかと考えている。

少人数学級が最善の策か

 今回のわれわれの研究を含め、日本のデータを使った研究の多くは、少人数学級は学力に対しても、非認知能力に対しても効果が大きくないことを示している。文科省は、少人数学級が、教員の多忙感の解消につながると主張したが、その点について検証するためのデータが容易には得られないため、本当のところはよく分かっていない。

 確かに、現場の教員はかつてないような困難に直面しているし、それに対して十分な人的・経済的リソースが与えられているわけでもない。さまざまな障がいを持った子供たちへ対処しているし、これからは、日本語力が不十分な子供たちへの支援も必要だ。部活動にかかわる負担感も増しているし、近年では事務負担も増える一方だ。

 こうした問題を解決するための政策的な取り組みがなされるべきではあるものの、その対策として、少人数学級が最善であるかどうかは別の話だ。教員の多忙感の解消のためには、教員の加配や、事務職員、専門スタッフの配置といった手段のほうが、より費用対効果が高いかもしれない。少人数学級は「魔法の杖」ではないのだ。

 

 

 

*1:肩書は論文執筆時