高等教育無償化を正当化しうる5つの理由

高等教育は「個人利益」か

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 安倍総理自民党総裁として示した憲法改正提案には高等教育の無償化が含まれている。当然、財源はどうするのかといった問題が出てくるわけで、財務省は否定的な姿勢だ。

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高卒者と大学・大学院卒者では「生涯所得が6000─7000万円異なる」(独立行政法人労働政策研究・研修機構)ことから、財務省の提案では、高等教育が「生涯賃金の増加につながるという私的便益が大きい」と位置づけた。

 教育がそれを受けた本人のみに利益をもたらすならば、経済効率的には政府が介入する必要はないので、この財務省の主張は正しい。教育に対する補助金はインセンティブを歪め、教育水準が過剰に上がってしまうだろう。

 しかし、教育がそれを受けた本人のみならず、社会全体に利益をもたらすならば話は変わってくる。個々人は自分が受ける利益だけを考慮するが、自分の教育が社会全体に及ぼしうる利益を考慮しないため、教育投資が過小になってしまうからだ。*1この場合、政府の介入、たとえば補助金は正当化されうる。*2

教育無償化を正当化しうる5つの理由

 Moretti (2006)を下敷きにして、教育無償化を正当化しうる根拠を列挙してみよう。

教育のスピルオーバー効果

 教育が社会全体に利益をもたらす代表例は、生産性にスピルオーバーがあるケースだ。シリコンバレー発展の説明に、優れたアイデアは優れた人々が集まることでより生まれやすくなるためだというものがあるが、これはまさに生産性のスピルオーバーを指している。*3

犯罪減少を通じた社会的費用の低下

 教育は犯罪を減らす効果があることも知られている。教育水準が高ければ、まっとうに働くことで得られる利益が、逮捕されるリスクを抱えて犯罪に手を染める利益を上回ることが理由のひとつだ。もちろん、教育を受けることで、本人や周囲の犯罪に対する態度が変わることも考えられる。*4

借り入れ制約

 進学のための借金ができない、または金利が極めて高い場合にも、教育に対する補助金が正当化される。上の記事にあるように、大学進学は生涯所得を大きく伸ばすが、それを当てにして借金することは難しい。利益が出ることが見込まれているにも関わらず、教育投資が過小になってしまうのだ。この場合には、貸費・給費の奨学金や教育に対する補助金は問題を解決することが出来る。*5

教育の次世代への影響

 教育が世代を超えて及ぼす効果も考慮すべき要素だ。多くの研究は、親の教育水準がこどもの健康や教育水準に強い影響をおよぼすことを示している。こどもに及ぼす利益も100%考慮した上で、親が自分の大学進学を判断しているのならば補助金は不要だ。しかし実際には、まだ生まれてもいないこどもの利益を完全に考慮に入れて判断しているとは考えにくい。よって、次世代に及ぼしうる利益は過小評価されている可能性が高いが、教育に対する補助金はこの問題の解決に役立つ。*6

卒業後稼げないリスクへの保険

 大学進学は平均的には生涯所得を大きく伸ばすが、結果的には当てはまらない人もいるだろう。一般論として、大学進学は割のいい投資であるが、思ったほどには稼げないというリスクもついている。このリスクに対する保険が存在しない場合、リスク回避的な人は進学をためらい、教育投資が過小になってしまう。進学時には補助金を払い、将来は累進課税を通じて回収するというのは実質的に保険の提供になるので、やはり教育投資が過少になるのを防ぐことにつながる。*7

では、高等教育は無償化すべき?

 ここまではあくまで理論的に教育補助金が正当化されうるケースを列挙したに過ぎない。実際に高等教育を無償化すべきどうかは、上で挙げたような利益がその費用を上回るかどうかにかかっている。*8残念ながら、こうした利益の計算を正確に行うだけの実証研究の蓄積は存在しないため、経済学の実証的な裏付けを持って無償化すべきとも、しないべきとも言い切ることはできない。

 もちろん、これは上で挙げたような議論を全く考慮しなくていいということではない。少なくとも、こういう論点があるので、なかなか結論を断言できないものなのだなとわかることが大切である。*9

 

*1:経済学の専門用語で言うと、「パレート改善の余地が残る」ということ。増えた余剰をどう再分配するかは別の問題。

*2:経済学の専門用語を使って言うと、「市場の失敗」がない限り、政府の介入は正当化されないということだ。

*3:Morettiがこの分野で数多くの論文を書いており、代表例はMoretti (2004)だ。後追いとなった論文が多く、支持する専門家も多いようであるが、Cicconi and Peri (2006)は重要な反論であり、完全に決着したとはいえないように見える。

*4:Lochner and Moretti (2004)

*5:このトピックはたくさんの論文が書かれているが、例としてBrown, Scholz, and Seshadri (2012)

*6:Currie and Moretti (2003)

*7:Moretti (2006)

*8:厳密に言うとこれは必要条件で、高等教育無償化から得られる利益が、実行されていない他の投資機会から得られる利益を上回っている必要がある。

*9:このブログポストでは経済効率上の論点だけを取り上げたが、高等教育へのアクセスの平等性といった経済効率以外の問題も、政策決定上は重要な要素である。